ガレージセール前夜
ここ暫く忙しくて、書き溜めの回顧録で繋いでいた怪人ですが・・・
(久々に訪問してくださった方は、「え?怪人さん入院!?
」とびびったようだ。)
さて昨日の記事を持ちまして、
回顧録貯金、残高ゼロ。
怪人背水の陣で更新です。
何故こんなにまでして毎日更新してしまうのか?
意地?
根性?
継続は力なり!の公文さん?
いえいえ。単に
現実逃避
なのかもしれない・・・。
現在ガレージセールの準備でごじゃハゲな怪人家です。
明日と明後日(7月9・10日)、ガレージを即席店舗にして不用品を売るのです。
売り上げは全てAutismSpeaks.orgに寄付する予定です。
ガレージセールの準備は大っ変。
怪人家は、メジャーな道路からかなり離れ、細いくねくね道を曲がって曲がって曲がりたおした末にある。はじめて我が家を訪ねてくる人はたいてい途中で迷うという、ガレージセールにはもっとも不向きな場所にあるのだ。
ガレージセールは、"SALE
"という看板で客を誘導。一番近いメジャーな交差点(それでもあまり交通量はない)から6つ、反対側の交差点から4つも看板を立てなければ我が家にはたどり着けない。

実は2年前にも一度ガレージセールをやったのだが、「どこまで行くのかと思った」「途中で迷ったかと思った」というご意見があまりにも多く、お客様が途中で諦めて帰ってしまわないように今度の看板には工夫を凝らすことにした。
まずは上の写真のような普通の看板。
指差す手形に従いながらいくつか曲がり角を曲がった客が「まだかな〜?」と思いだしたころ、
"Keep Goin'"
(そのまま進め)
"Almost There"
(もうすぐだ)
"You Made It!"
(やった、たどり着いたぞ!)
などという看板を立てて、宝探し(?)的な感覚を味わってもらおうかと。

たどり着いただけで意味不明な達成感が楽しめます。
さらに、「ここまで来たからには何か買って帰らねば」という気持ちにさせようという魂胆。
そんなワケで、売り物に値段をつけたりガレージを整理したりするよりも、看板作りに一番時間がかかる。
毎日ほんの少しの自由時間にちょっとずつ看板を作ったり、先日ゴハンを食べに来たK参謀に「喰った分はカラダで払ってもらおうか」などと脅して手伝ってもらったりして、何とか看板をつくりたおした。

あ、そうそう、ツイン・シティーに住んでいる友人の方々が、「これ要らないから売って」と不用品を寄付してくださいました。この場をお借りしてお礼申し上げます。
色んな方々に助けられて、ガレージセール明日オープンの予定です!
明日(木曜日)は母兵衛さんが手伝いに来てくださる予定。
お近くにお住まいの方は、是非看板の指差すほうへいらしてください!
商売繁盛を祈ってポチ♪
↓


毎度おおきに。
(久々に訪問してくださった方は、「え?怪人さん入院!?
」とびびったようだ。)さて昨日の記事を持ちまして、
回顧録貯金、残高ゼロ。
怪人背水の陣で更新です。
何故こんなにまでして毎日更新してしまうのか?
意地?
根性?
継続は力なり!の公文さん?
いえいえ。単に
現実逃避

なのかもしれない・・・。
現在ガレージセールの準備でごじゃハゲな怪人家です。
明日と明後日(7月9・10日)、ガレージを即席店舗にして不用品を売るのです。
売り上げは全てAutismSpeaks.orgに寄付する予定です。
ガレージセールの準備は大っ変。
怪人家は、メジャーな道路からかなり離れ、細いくねくね道を曲がって曲がって曲がりたおした末にある。はじめて我が家を訪ねてくる人はたいてい途中で迷うという、ガレージセールにはもっとも不向きな場所にあるのだ。
ガレージセールは、"SALE
"という看板で客を誘導。一番近いメジャーな交差点(それでもあまり交通量はない)から6つ、反対側の交差点から4つも看板を立てなければ我が家にはたどり着けない。
実は2年前にも一度ガレージセールをやったのだが、「どこまで行くのかと思った」「途中で迷ったかと思った」というご意見があまりにも多く、お客様が途中で諦めて帰ってしまわないように今度の看板には工夫を凝らすことにした。
まずは上の写真のような普通の看板。
指差す手形に従いながらいくつか曲がり角を曲がった客が「まだかな〜?」と思いだしたころ、
"Keep Goin'"
(そのまま進め)
"Almost There"
(もうすぐだ)
"You Made It!"
(やった、たどり着いたぞ!)
などという看板を立てて、宝探し(?)的な感覚を味わってもらおうかと。

たどり着いただけで意味不明な達成感が楽しめます。
さらに、「ここまで来たからには何か買って帰らねば」という気持ちにさせようという魂胆。

そんなワケで、売り物に値段をつけたりガレージを整理したりするよりも、看板作りに一番時間がかかる。
毎日ほんの少しの自由時間にちょっとずつ看板を作ったり、先日ゴハンを食べに来たK参謀に「喰った分はカラダで払ってもらおうか」などと脅して手伝ってもらったりして、何とか看板をつくりたおした。

あ、そうそう、ツイン・シティーに住んでいる友人の方々が、「これ要らないから売って」と不用品を寄付してくださいました。この場をお借りしてお礼申し上げます。
色んな方々に助けられて、ガレージセール明日オープンの予定です!
明日(木曜日)は母兵衛さんが手伝いに来てくださる予定。
お近くにお住まいの方は、是非看板の指差すほうへいらしてください!
商売繁盛を祈ってポチ♪
↓
毎度おおきに。
回顧録(25):再び入院
回顧録(25):再び入院
入院が決まって暫くすると、産婦人科の医者が来て内診をした。
「縫合のあとから子宮まで、カナリ炎症を起こしてますねえ。出産のときの傷口からばい菌が入って化膿したんでしょうねえ。」
などとさらっとのたまう医者。
だから痛いって言ったじゃん!
痛いって泣いて訴えたじゃん!
なのに「フツーです」ってあしらったのは誰!?
責任者出て来いぐぉらあぁぁ!

と怒鳴りたいワタシに代わって、ダンナが同じようなことを落ち着いた口調ではあるが怒りを込めて言った。
「5日前?そりゃその時はまだ化膿してなかったんでしょう。」
(5日前診てもらったセンセと今回の医者は別人。)
あの痛みから考えても、5日前にはもう化膿しかけていたとしか考えられない。
傷口を見ただけで血液検査などもせずに
「フツーです」
とのたまった前回の医者!
呪う!
しかし、「5日前は正常だった」という証拠もなければ「5日前も炎症しかけていたが検査を怠った」という証拠もない。
わたしたちは
「はあ・・・さいでっか。」
と言うしかなかった。
いいかげんな医療に対する怒りとともに、「やっぱりフツーの痛みではなかったんだ、ワタシが特に痛みに弱いわけではなかったんだ」というワケのわからん安堵を感じていたことも否めない。
幸い、授乳が続けられるようにジョーイも一緒に病室においてくれることになり、母が付き添いで一緒に滞在できるように予備のベッドも入れてくれた。
ただ、ジョーイは新生児室にはもう入れてはもらえず、産後病棟も普通病棟も満室だということで入れず、何故か命に関わる重病人ばかりが入院する病棟に廻された。
(今思うと、それくらい私も重症だったのか?)
なんかヤだなあ・・・、と思ったが、思いがけずここでジョーイは看護婦さんたちのアイドルとなり、仕事に疲れた看護婦さんたちが入れ替わり立ち代りジョーイを見に来たりした。嬉しいような、放っておいて欲しいような。
さて、傷口から子宮まで下半身が全部炎症・化膿しているので、点滴を通して24時間抗生物質を投与されることになったワタシ。
最悪ジョーイには母乳ではなくてミルクを与えようかと思ったのだが、
「母乳なんですけど、抗生物質いいんですか?」
と聞いても、いつもどおりの
「ノープロブレム〜」
ってお気楽な返答。
あのねえ!
今んとこ、アンタらの「ノープロブレム」はプロブレム尽くしなんだけど!

それからワタシは48時間、抗生物質入りの点滴を受けながらジョーイに授乳し、あとは母に任せて眠れるだけ眠った。(24時間の抗生物質投与でまだ熱が下がらなかったため、2日目もぶっ続けで投薬されました。)

国際電話でこのことを告げられた父は、「アメリカの医療もあてにならんな!」と憤慨していたそうだ。
普通日本で産婦を産後1週間入院させておくのも、産後の経過に問題がないことを確認するためなのだろう。
それをアメリカでは保険会社が2日分の金しか出さないと言って2日でハイさようなら。脂汗が出るほどの痛みを訴えても「フツーです」。
痛くても、そうかこれがフツーなのかと我慢し、頭がふらふらしても寝不足のせいだと思い、あの時母が「アンタちょっと(いつもと違う意味で)ヘンなんとちゃう?」とワタシの不具合に気づいてくれていなかったら、脳みそが煮えて変人になっていたかも・・・。
あ、それとも、あれが原因でこんなワタシになったんでしょうか?
(怪人目からウロコ。)
なんにせよ、2日で熱は下がり、下半身の火事は下火になり、3日目ワタシは無事退院した。
出産ってほんっと、アクロバティ〜ック!
↓ま、そこんとこポチっとね。

入院が決まって暫くすると、産婦人科の医者が来て内診をした。
「縫合のあとから子宮まで、カナリ炎症を起こしてますねえ。出産のときの傷口からばい菌が入って化膿したんでしょうねえ。」
などとさらっとのたまう医者。
だから痛いって言ったじゃん!
痛いって泣いて訴えたじゃん!
なのに「フツーです」ってあしらったのは誰!?
責任者出て来いぐぉらあぁぁ!

と怒鳴りたいワタシに代わって、ダンナが同じようなことを落ち着いた口調ではあるが怒りを込めて言った。
「5日前?そりゃその時はまだ化膿してなかったんでしょう。」
(5日前診てもらったセンセと今回の医者は別人。)
あの痛みから考えても、5日前にはもう化膿しかけていたとしか考えられない。
傷口を見ただけで血液検査などもせずに
「フツーです」
とのたまった前回の医者!
呪う!
しかし、「5日前は正常だった」という証拠もなければ「5日前も炎症しかけていたが検査を怠った」という証拠もない。
わたしたちは
「はあ・・・さいでっか。」

と言うしかなかった。
いいかげんな医療に対する怒りとともに、「やっぱりフツーの痛みではなかったんだ、ワタシが特に痛みに弱いわけではなかったんだ」というワケのわからん安堵を感じていたことも否めない。

幸い、授乳が続けられるようにジョーイも一緒に病室においてくれることになり、母が付き添いで一緒に滞在できるように予備のベッドも入れてくれた。
ただ、ジョーイは新生児室にはもう入れてはもらえず、産後病棟も普通病棟も満室だということで入れず、何故か命に関わる重病人ばかりが入院する病棟に廻された。
(今思うと、それくらい私も重症だったのか?)
なんかヤだなあ・・・、と思ったが、思いがけずここでジョーイは看護婦さんたちのアイドルとなり、仕事に疲れた看護婦さんたちが入れ替わり立ち代りジョーイを見に来たりした。嬉しいような、放っておいて欲しいような。
さて、傷口から子宮まで下半身が全部炎症・化膿しているので、点滴を通して24時間抗生物質を投与されることになったワタシ。
最悪ジョーイには母乳ではなくてミルクを与えようかと思ったのだが、
「母乳なんですけど、抗生物質いいんですか?」
と聞いても、いつもどおりの
「ノープロブレム〜」
ってお気楽な返答。
あのねえ!
今んとこ、アンタらの「ノープロブレム」はプロブレム尽くしなんだけど!

それからワタシは48時間、抗生物質入りの点滴を受けながらジョーイに授乳し、あとは母に任せて眠れるだけ眠った。(24時間の抗生物質投与でまだ熱が下がらなかったため、2日目もぶっ続けで投薬されました。)
国際電話でこのことを告げられた父は、「アメリカの医療もあてにならんな!」と憤慨していたそうだ。
普通日本で産婦を産後1週間入院させておくのも、産後の経過に問題がないことを確認するためなのだろう。
それをアメリカでは保険会社が2日分の金しか出さないと言って2日でハイさようなら。脂汗が出るほどの痛みを訴えても「フツーです」。
痛くても、そうかこれがフツーなのかと我慢し、頭がふらふらしても寝不足のせいだと思い、あの時母が「アンタちょっと(いつもと違う意味で)ヘンなんとちゃう?」とワタシの不具合に気づいてくれていなかったら、脳みそが煮えて変人になっていたかも・・・。
あ、それとも、あれが原因でこんなワタシになったんでしょうか?

(怪人目からウロコ。)
なんにせよ、2日で熱は下がり、下半身の火事は下火になり、3日目ワタシは無事退院した。
出産ってほんっと、アクロバティ〜ック!
↓ま、そこんとこポチっとね。




