回顧録(18):出産(5)
回顧録(18):出産(5)
12時ごろ、やっと産婦人科のセンセが来た。
主治医とは別の人で、ワタシは会ったこともないセンセだった。
このときは知らなかったのだが、このセンセ、前日の夜から徹夜で出産に当たっていたらしく、いきみといきみの間に居眠りをこいていたらしい。
「はい、いきんでー、いきんでー、・・・(ぐー)」
後でダンナが教えてくれたのだが、当時知らなくてよかった。「わが子を取り上げる医者がワタシのおマタの間で居眠りしてる」なんてその場で知ったら、凶暴な妊婦と化しメスを投げつけ流血沙汰、そして警察沙汰になっていたかもしれない。
赤ん坊が生まれたと同時に母が牢獄行きなんて悲惨な状況を避けるため(だったかどうかは知らないが)、ワタシにこのことを告げなかったダンナに感謝する。
さて、肝心の赤ん坊はいきんでもいきんでも出てこなかった。
2時間以上いきんでも出てこない赤ん坊は、ワタシ以上に疲労困憊していたのだろう。モニターにもそのストレスが現れ始めた。
「胎児の心拍数が下がっているので、吸引で出します」
と誰かが言ったのを聞いたような気がする。
なんだか意識が朦朧としていたが、視線の端っこで、なにやら許可書のようなものにダンナが署名しているのが見えた。
看護婦さんがどこからか何らかの器具を出してきて準備しているらしく、カチャカチャと金属が並べられるような音が聞こえる。
ああ・・・ワタシの下半身では何の工事が行われているのか。

「おかあさん、これで最後ですから、最後に一度、思い切りいきんでください」
と看護婦に言われた。
「おかあさん」という言葉に奮起して、残りの力を振り絞っていきんだ。
ワタシが押し出したというより、「引っ張られ」てジョーイはこの世に出てきた。
2001年3月5日、午後1時55分、体重3330グラムの男の子だった。

↑生後1日目。クリックで拡大します。
↓ランキングボタン。クリックでポイント入ります。


12時ごろ、やっと産婦人科のセンセが来た。
主治医とは別の人で、ワタシは会ったこともないセンセだった。
このときは知らなかったのだが、このセンセ、前日の夜から徹夜で出産に当たっていたらしく、いきみといきみの間に居眠りをこいていたらしい。
「はい、いきんでー、いきんでー、・・・(ぐー)」
後でダンナが教えてくれたのだが、当時知らなくてよかった。「わが子を取り上げる医者がワタシのおマタの間で居眠りしてる」なんてその場で知ったら、凶暴な妊婦と化しメスを投げつけ流血沙汰、そして警察沙汰になっていたかもしれない。
赤ん坊が生まれたと同時に母が牢獄行きなんて悲惨な状況を避けるため(だったかどうかは知らないが)、ワタシにこのことを告げなかったダンナに感謝する。
さて、肝心の赤ん坊はいきんでもいきんでも出てこなかった。
2時間以上いきんでも出てこない赤ん坊は、ワタシ以上に疲労困憊していたのだろう。モニターにもそのストレスが現れ始めた。
「胎児の心拍数が下がっているので、吸引で出します」
と誰かが言ったのを聞いたような気がする。
なんだか意識が朦朧としていたが、視線の端っこで、なにやら許可書のようなものにダンナが署名しているのが見えた。
看護婦さんがどこからか何らかの器具を出してきて準備しているらしく、カチャカチャと金属が並べられるような音が聞こえる。
ああ・・・ワタシの下半身では何の工事が行われているのか。
「おかあさん、これで最後ですから、最後に一度、思い切りいきんでください」
と看護婦に言われた。
「おかあさん」という言葉に奮起して、残りの力を振り絞っていきんだ。
ワタシが押し出したというより、「引っ張られ」てジョーイはこの世に出てきた。
2001年3月5日、午後1時55分、体重3330グラムの男の子だった。

↑生後1日目。クリックで拡大します。
↓ランキングボタン。クリックでポイント入ります。



